2008.04/25(Fri)
家庭訪問
今日は家庭訪問の日でした。幼稚園でもあったのですが、
男性教諭のご訪問は初めてでした
家庭訪問というと懐かしい響き
『ねぇお母さん、先生に変な事言わないでよ』と小学生の頃
母親に頼んだ記憶が。。。そして担任が家に来るという事で
ちょっと嬉しいような、ドキドキ感を思い出します
一生懸命自分の部屋をお掃除したり、雑貨を飾ったり
先生のためにお菓子(お土産用)を作ったり
『お茶をいれたのでどうぞ
』って先生もありがた迷惑だった
かもしれませんが懐かしい思い出です。
今日は訪問するお宅が1番多い日でしたので、あえて
何も出しませんでした。
学校での子供の様子や我が家の教育方針や家庭での様子など
ごくありふれたお話をしました
我が家は高台にありはるか彼方に子供の通う小学校
も見えますし、
新幹線にJRの線路、高速道路まで見えます

お客さまでも先生でも初めて来た方は眺めの良さを見て
びっくりされて帰られます
今年の担任の先生はベテランなので、子供にとって楽しく学習が
できるのではないかと期待しています
もし私が小学生だったら教わりたいと思うような先生です
柔軟な考えができる先生で考え方が似ている部分もあり、
教育についても語ることができて有益な時間でした
住んでいる所が全く違うのに私の出身地を聞かれて、学校の名前を
言ったら、よくご存知で驚きました
母校が褒められるのは
嬉しいものです
母親になるつもりがなかった私が母親をしているのも不思議な感じで、
子供にとったら私が母親で幸か不幸かわかりませんが、
自分の辿った軌跡を同じように辿っている子供を見ていると
『これから未来を築いていけるっていいなぁ』とうらやましくも思います
病気になったのが小学生だったので、その後の中・高・大といい思い出って
正直あまりないのです
中学でも高校でも親友の存在が
私を助けてくれました
心が孤独で学校に病気があまり理解されず
成績がよくても、クラス委員に選ばれても、部活の部長やらされても
学校に友達がいても私の居場所がなかったから。(自ら壁を作ってしまった)
子供には毎日楽しく学校に通ってもらいたいです。
私のような思いはしてほしくありません
子供の主張を全て受け入れるのは危険ですが、好きな事をのびのびと
やらせてあげないと、人っていつどうなるかなんてわからないから
それが後悔に繋がってしまう
一番多感な時期に明るい未来があると信じていたのを
病名の告知で打ち砕かれたショックは、今でも私の心に残っています
きっと私の心が弱いだけなんだろうな。。。
時々凹んでしまうけれど、でも生きている限りは希望があるし、
いい事もいっぱいあると思いたいし、子供が夢を叶えてくれたら
母親としての私は嬉しいです
自分自身がこれからどう有意義に生きようかというのは
まだ探しているところです
ずっと幸せの青い鳥を探している気分です。
でも青い鳥は見つからず身近な鳥かごの中だった。。。
つまり自分に置き換えれば幸福は別の世界ではなく
現実の家庭の中にあるということでしょうか
チルチルとミチルのお話も懐かしいわ
母がいろいろな
童話を読み聞かせてくれたのが懐かしい
毎日
同じ本を何度も何度も読んでくれた母の忍耐力にも感謝です
男性教諭のご訪問は初めてでした

家庭訪問というと懐かしい響き

『ねぇお母さん、先生に変な事言わないでよ』と小学生の頃
母親に頼んだ記憶が。。。そして担任が家に来るという事で
ちょっと嬉しいような、ドキドキ感を思い出します

一生懸命自分の部屋をお掃除したり、雑貨を飾ったり
先生のためにお菓子(お土産用)を作ったり

『お茶をいれたのでどうぞ
』って先生もありがた迷惑だったかもしれませんが懐かしい思い出です。
今日は訪問するお宅が1番多い日でしたので、あえて
何も出しませんでした。
学校での子供の様子や我が家の教育方針や家庭での様子など
ごくありふれたお話をしました

我が家は高台にありはるか彼方に子供の通う小学校
も見えますし、新幹線にJRの線路、高速道路まで見えます

お客さまでも先生でも初めて来た方は眺めの良さを見て
びっくりされて帰られます

今年の担任の先生はベテランなので、子供にとって楽しく学習が
できるのではないかと期待しています

もし私が小学生だったら教わりたいと思うような先生です

柔軟な考えができる先生で考え方が似ている部分もあり、
教育についても語ることができて有益な時間でした

住んでいる所が全く違うのに私の出身地を聞かれて、学校の名前を
言ったら、よくご存知で驚きました
母校が褒められるのは嬉しいものです

母親になるつもりがなかった私が母親をしているのも不思議な感じで、
子供にとったら私が母親で幸か不幸かわかりませんが、
自分の辿った軌跡を同じように辿っている子供を見ていると
『これから未来を築いていけるっていいなぁ』とうらやましくも思います

病気になったのが小学生だったので、その後の中・高・大といい思い出って
正直あまりないのです
中学でも高校でも親友の存在が私を助けてくれました
心が孤独で学校に病気があまり理解されず成績がよくても、クラス委員に選ばれても、部活の部長やらされても
学校に友達がいても私の居場所がなかったから。(自ら壁を作ってしまった)
子供には毎日楽しく学校に通ってもらいたいです。
私のような思いはしてほしくありません

子供の主張を全て受け入れるのは危険ですが、好きな事をのびのびと
やらせてあげないと、人っていつどうなるかなんてわからないから
それが後悔に繋がってしまう

一番多感な時期に明るい未来があると信じていたのを
病名の告知で打ち砕かれたショックは、今でも私の心に残っています

きっと私の心が弱いだけなんだろうな。。。

時々凹んでしまうけれど、でも生きている限りは希望があるし、
いい事もいっぱいあると思いたいし、子供が夢を叶えてくれたら
母親としての私は嬉しいです

自分自身がこれからどう有意義に生きようかというのは
まだ探しているところです
ずっと幸せの青い鳥を探している気分です。でも青い鳥は見つからず身近な鳥かごの中だった。。。
つまり自分に置き換えれば幸福は別の世界ではなく
現実の家庭の中にあるということでしょうか

チルチルとミチルのお話も懐かしいわ
母がいろいろな童話を読み聞かせてくれたのが懐かしい
毎日同じ本を何度も何度も読んでくれた母の忍耐力にも感謝です

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